思わず通いたくなる!シエナの老人ホーム

2016年07月14日

スローフード・スローライフの地イタリア*シエナより愛をこめて 第27回


2025年、団塊の世代が後期高齢者となり、国民の5人に1人が75歳以上になる日本。これを問題ととらえる声が多く聞こえて来ますが、シエナの老人ホームで見た光景から、社会の在り方の隠し味を感じました。

 

シエナの老人ホームで見た人々の表情はとても和やかだった


クララから電話が入った。

「キヨミ、最近会えていないけど、元気でやってる?」
「クララ! 今、立て込んでいるけど一段落したら遊びにいくわよ!」
「そう・・・実はね、金曜日に老人ホームでコンサートを企画しているの。
 1曲だけでも、ピアノで伴奏してもらえないかしら?」
「了解。では、老人ホームで会いましょう!」

辛い時、傍らに寄り添ってくれるクララ。
彼女の依頼とあれば、当然、引き受ける。

当日、開演30分前に到着すると、会場には介護士に付き添われ、車いすや杖をついた老人たちが集まり始めていた。

私は、介護士たちを目で追った。

彼らは、老人たちの肩に手を回し、明るい表情で話しかけている。
老人の声も表情も、穏やかだった。

 


▲老人ホームで定期的に行われるイベント

 

完璧でなくても、皆が主役でいられる


老人ホームの責任者、そしてクララの挨拶を経てコンサートは始まった。
1時間ほどのプログラムだが、半ばを過ぎると何人かの老人がしゃべりだし、
「シ~ッ!静かに」
と注意を促す老人の声が輪唱する。
フラ~っと立ち上がり、壇上に向かって来る老人もいる。
そんな中、コンサートは続いていった。

 

♪ ♪ ♪


この日、コンサートで歌う人の中には、大人になってからクララの元でレッスンを受け、才能を開花させた素人もいる。

ある歌手は、歌の聞かせどころで歌詞を忘れてしまい、
「すみません。もう一度!」
と言って、区切りのよいところから歌い直した。

歌い終えると、クララはスッと壇上に立ち
「録音された音楽が溢れているけど、生の音楽だからこそ、
 こういうシーンもありますよね! 拍手!」
と述べると、老人たちは一段と大きな拍手を送った。

また、この日初めて人前で歌う若い女性歌手の番がくると、この時もクララは壇上に立ち、
「歌い始める時には大変な準備がいります。
 難しく感じられることが沢山あるんです。
 彼女は今日、初めて歌います。恐怖と闘ってます。
 みなさん応援してください!」
とエールを送った。

コンサートも終盤に近付き、ラビアンローズの歌声が場内に響くと、何人もの老人が涙を流しはじめた。

その光景を見て、私も熱く込み上げてきた。

 

♪ ♪ ♪


コンサート終了後、数人の老人は通路で待っていて、
「素敵だったわよ。ありがとう」
と言いながら、歌い手全員と握手を交わした。

さっきまで緊張していた若い女性歌手が私にポツリと言った。
「キヨミ、私ね、この老人ホームっていいな、って感じた。
ここで働く介護士さんとか老人を見ていて、私もここにいたい、って思ったの」

彼女はあまりにも繊細で、学校で友達が出来ない。
猫をこよなく愛し、獣医になろうと考えたこともあるが、
可愛そうなシーンに直面できない性分で、大学では法学部を選んだ。

私もこの環境に自分を置きたいと感じていた。

 


▲笑顔の人、涙を流す人、一緒に歌う人

 

「受け入れる」から「迎え入れる」へ


この施設に漂っている空気。
それは、「迎え入れられる心地よさ」だった。

完璧ではない歌い手が迎え入れられている。
完璧に自立した生活を送れない人が、施設で働く人たちに迎え入れられている。

この日の老人ホームは
「完璧ではないが、自分を表現したい」
という人の社交の場であったともいえる。

老人ホームが、自己表現が許される場として機能するとしたら、
後期高齢者に限らず、若い人にとってもメンタル面での拠り所になる。

カルチャースクールが沢山あり、習い事をする人は多いが、
〝完璧ではない =人様の前に立てない″
という理由で、自分を披露する場や機会はあまりない。

もし、自分を披露する場があったら、
自分自身と向き合い、目標をもって生きる人も増えてくると思う。

私も、音楽大学には行けていないけど、コンサートをしてみたい、という夢がもてる。

2025年には団塊世代が後期高齢者となり、国民の5人に1人が75歳以上になる日本。
クリエイティブな社会現象を生み出し、競争社会を生き抜いてきた人たちが、
「介護される側」
になっていくが、それは親の世代ではなく、ついこの前まで、乾杯を交わした上司や友達であったりする。

ビジネスで、家庭で、新しい生活様式を先導し、常に走ってきた人たち。
これからは、自分を大切に感じられる愛のある生活を送ってもらいたい。

施設に受け入れられる、というより、「迎え入れられる」という感覚が、
より自分や人を優しく感じ取れる。

思わず通いたくなる、人間社会の憩いが感じられる空間。
「老人のための施設」
というイメージより、社会の一つの場としての空間が、
より人間的な価値観のもとに存在するといいな、と感じる今日このごろです。

プロフィール


大多和聖美(おおたわきよみ)

 


トスカーナ州・シエナ在住。ソムリエ。ワインショップ、小麦粉アレルギー対応レストランでのコック体験を経て独立。「エノテカトスカーナ」を立ち上げ、日本にワインやオリーブオイルの販売を行う。

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