シエナとコントラーダとスローライフ前編 熱狂の競馬祭パリオ

2016年03月31日

スローフード・スローライフの地イタリア*シエナより愛をこめて 第22回

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高齢者が6割を占めるシエナの街では、今日も、道端やバールで、
生き生きと感情豊かにお喋りする老若男女の姿が見られる。
なんとも心地よい一体感。元気をまとった街の秘密は「コントラーダ」と呼ばれる住民自治組織の存在にあるようです。前編では、コントラーダとシエナ17地区が熱狂する地区対抗競馬「パリオ」についてご紹介します。

今年もパリオがやって来る


イースターを過ぎ、夕刻になっても、太陽がのんびりと優しく街を照らし続ける頃、
シエナ人はスカーフを巻いて旧市街地に集ってくる。
会社勤めする者、農園で働く者、家事をする者、学校に通う者、そして年金生活を送る者。身分や階層に関係なく、自分の地区のスカーフをまとったシエナ人が街を闊歩する。
レンガ造りの中世の街に色を添え、中世の息吹までもが感じられる。「パリオ」が蘇るのだ。

パリオとは、簡単に言ってしまうと、シエナで毎年7月2日と8月16日に行われる
伝統の地区対抗競馬祭。
レース前には、中世の装束をまとった豪華なパレードが旧市街を行進し、
19時を過ぎると、中心地であるカンポ広場で、地区代表の馬が3周を競い合う。
わずか1分半ほどのあまりにもあっけないレースだが、
そこには、気が遠くなるほどのシエナ人の魂と、街の元気の素が込められている。

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▲春から夏にかけて、シエナ人は自分の地区のスカーフを身にまとい、お喋りに興じる

コントラーダとパリオの起源


いつからのスタイルをパリオと呼ぶか? パリオの起源について、例えば、「寿司」の発祥を調べると様々な文献が上がってくるように、長い歴史の中で、パリオ誕生の由来についても様々な説がある。
ここでは、パリオ協会で広報に携っていたジャンフランコ氏のお話しをご紹介します。

1300年代前半、繁栄とパワーの頂点を極めたシエナは、
その後、フランスやスペイン、そして法王の勢力争いによリ小さなイタリアの国々が征服されていく中、貴族達によって支配されるようになりました。
貴族がそれぞれの領土に建設した教会は、
その界隈に生活する民衆の交流の場として機能します。
貴族たちは、民衆に帰属意識を植え付け、貴族に対する悪い噂が広まらないよう、
遊びを提供したのです。

このようにシエナの旧市街地が小さな区画に分かれ始めたのは1500年代の頃。
この区画のことを、コントラーダと呼びます。
コントラーダ同士が競い合うパリオのスタイルは、
当初、各コントラーダの美しさを競う行進であったり、カンポ広場にテーブルを並べて雄牛を放し、どのコントラーダが最後までテーブル上に居続けられたかといった肝試しであったり・・・
様々なスタイルを経て、現在の馬のレースに至りました。

コントラーダは住民に誇りを与え、コントラーダに元気を吹き込む


シエナの人に出身地を訪ねると、
「私はイーストリチェ(ハリネズミ)です」「私はニッキョ(貝殻)です」など、
コントラーダの名が真っ先に挙がることは有名で、
続いて、シエナ出身→トスカーナ出身→イタリア人の順に出身地を表現します。


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▲17のコントラーダの一つ、ニッキョ(貝殻)の教会に集うコントラーダの人

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▲17のコントラーダの一つ、ニッキョ(貝殻)の集会所前


コントラーダの存在は、食べるものにも苦労した貧しい民一人一人にアイデンティティを与えました。
教会に集う者は、なんらかの任務を果す事によって「自分はこの組織で役割を担っている大事な存在である」というプライドを抱きます。あらゆる者に‘自分はこの地区に生まれたのだ’という宿命的な地縁が生まれるわけです。 [コントラーダに忠誠を尽くすべし]
という精神のもと、尊重しあいながら共に生活をしていく、そういう意識の上にコントラーダの強い結束が成り立っているのです。

小さな旧市街地を更に17のコントラーダに分けることは大袈裟なように見えますが、もし、一つ一つの自治体が大きかったら、現状の意味合いは完全に違ったものになるでしょう。

小さな地区で大きなことをやり遂げようという時、一人一人にかかる負担は大きい。
ですが、多くを恵まれていたら、個人の能力を引き出す必要性はなく、
結果はありきたりのものになってしまうでしょう。
違った性格を持つ人が一緒に存在し、一人一人、その人がいなくては、という仲間意識が養われることで、人々はそれぞれの地区内でたくさんの知己に恵まれ、それがコントラーダの力を強める原動力となっているのです。
(以上、ジャンフランコ氏)


土地に住む一人一人の能力を生かした住民自治組織の在り方は、
小さな村や町が合併し、大きな街へと姿を変えていく世界の動きとは反対で、
シエナ人はコントラーダの中で自分の心の居場所を確保し、そこで濃いコミュニケ―ションある生活を送っている。

次回は、伝統との共存を可能にするコントラーダの組織の在り方をご紹介します。

プロフィール

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大多和聖美(おおたわきよみ)
トスカーナ州・シエナ在住。ソムリエ。ワインショップ、小麦粉アレルギー対応レストランでのコック体験を経て独立。「エノテカトスカーナ」を立ち上げ、日本にワインやオリーブオイルの販売を行う。

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