あなたは母乳育ち?それともミルク?〜学歴と子育て

2016年06月01日

小児科医 Dr. しろくま子の“みんなも知っていたらいいのにと思うこと”(水曜更新) 第19回


「どちらか知らない、憶えてない、困っていない」という方はどうか気に病まれないよう。母乳かミルクかで学歴や将来が決まるという話ではありません。近ごろは何事も「勝ち負け」に分類されやすいようですが、その考え方こそが危ないなと思うことがあります。

 

母乳と教授


とある有名大学の小児科では、教授が研修医と勉強会を開いてくれていました。そこで母乳栄養に関する論文を読んだのです。十何年も前の話ですが、母乳は素晴らしいという内容のものでした。
そこで教授が集まった研修医一同(10人くらい)にアンケートをとりました。

「この中で、母乳栄養だけで育った人、手を挙げて」と。

みんなゆっくりと反応し、ぱらぱらと何人か手を挙げました。

「じゃあ、混合、人工栄養の人」

私はこちらなので、左右を見ながら手を挙げたところ、ミルク経験派が半分いました。意外と多い印象。そしてなんと、教授自身も手を挙げていました。

「ぼくもこっちなんだよね」

と、少し恥ずかしそうに。論文の内容と合わないわけですから。

それまで私はミルク育ちということを、どこか後ろめたく感じていました。でもこの教授のおかげで、世の中でよいと言われている方法をとれなかったとしても、こだわりすぎなくてよいのだと思いました。頑張れば立派な人になれるのです!

 

ただ、これは前の世代の育児で、ミルクの評価が高かった頃と重なります。知育に敏感な家庭で人工栄養が選ばれていたと考えることもできます。

今はユニセフやWHOなどがこぞって母乳をほめています(母乳研究にご興味があれば、最後にまとめましたのでご参照を)。
助産師、保健師も積極的に母乳をすすめています。裕福、熱心な家庭で母乳栄養が目立ちます。私の母は単に「おっぱいが痛い」という理由で母乳をやめたので、現在なら叱られたことでしょう。

つまり、時代によって価値観は変わってきているわけです。そして昔は知識もできることも少なくて、のんびりしていたのかもしれません。逆に、今のほうが情報も手段も豊富なのに、それでかえって大変だなと思うこともあります。そんな最近のママたちの苦悩について、少し見ていきます。

 

 

学歴の高いママと母乳信仰

 


よりよい子育てを求め、失敗したくない。そして最新の知見を参考にして、自分の思うようにやりたい。気持ちはすごくわかります。でも、親がこだわるあまりに子どもが栄養失調になってしまった事例があります。どうか聞いてください。

忙しく疲れていて母乳が出ない。だけどミルクを足したくない。知識は豊富であり、ベテラン助産師の経験談などは論破してしまうママ。

医師から
「体重増加が極度に小さく、脳の発達が心配される」
「血液検査の結果、水分や栄養を補う利点が完全母乳をあきらめる欠点を上回る」
などの点を説明したら、少量のミルクを足してくれました。

そう、私たちの世代は科学や根拠を大切にするよう習ってきました。そして、みんな我が子の頭を悪くしたくはない。最善の方法で育てたいけれど、思うように運ばなくてママは苦しい。

 

追い込まれると、戻りづらくなる


さて、ぎりぎりの栄養で育った子が風邪をひけば、すぐに飢餓・脱水になります。こんな場合は即入院となります。ところがママは、我が子がただの風邪で入院だなんて信じられないようでした。母乳栄養だから免疫力が強いはずだと主張していました。

悪化の危険性を説明しても、家で看病したいとの強い希望で帰宅。そして夜中に子どもの意識がなくなり救急車で搬送。児童相談所は虐待(体重増加不良・ネグレクト)について調査…。

上記はかなり極端な例ですが、むきになって視界を失えば、誰にでも起こりうるような気もします。こだわりが行き過ぎてしまうのです。

 

 

きちょうめんな人、優等生こそが悩みやすい子育て


乳幼児期は子育てのひとつの山。子どもが未熟で環境が与える影響が大きいこと、保護者が余裕を持ちづらいこと、などがその理由です。背景を認識しておくと、少しは楽になるのではないでしょうか。

1.子どもは自分ではないので、思い通りにいかない。努力が反映されにくい。この身近なもどかしさが苦痛。

2.「いつ、誰にとっても最善の育児法」という正解のようなものが存在しない。さまざまな情報から答えを出すのは大変。でも、なるべくよい方法を常に模索したくて疲れる。特に幼少期は脳の発達のために重要。そう考えるとまた細かくなってしまう。

3.多くの人が初めてであり、やり直しができることでもない。だから一発勝負のようなプレッシャーを感じやすい。
母乳に関して言えば、完全を求められるのが圧力。また、知識先行で社会環境が整っていないため、ママへの負担ばかりが大きくなっていると感じます。

 

行き詰まりの解消

 


さて、ママはどうしたらよいのでしょう。

苦しくなったら、まず心のゆとりをくれる誰かと話すとよいと思います。でも、人間関係もストレスにつながりやすい。結果オーライで切り抜けたかもしれない経験者に指導されたくない。そのように感じる場合は、

1.持論に合った情報だけ集める傾向に陥らないよう心がける。

2.不愉快な意見に耳をふさがず、冷静に考える。

これらの姿勢は安全弁として働きそうです。

また、健診を利用するのも一つの方法だと思います。自費健診であれば、たいていどの時期でも受けられます。それが難しい場合、子どもが風邪をひいて受診したときに、気になることを聞いてみてください。他人で専門家の小児科医にならば、相談しやすいのではないでしょうか。



参考文献
1)ユニセフのページ
Breastfeeding and complementary feeding

・発展途上国では、生まれて1時間以内、生後6か月まで完全母乳栄養、2歳まで母乳を続けた場合に、5歳までの死亡率が12%下がる。母乳は安全。ほどよい温度、簡便、水が飲めないような不潔な環境でも与えられる。このようにして、子どもは十分な栄養を得られる。

・母乳は脳のすこやかな発達、高学歴の達成を支持し、肥満や慢性の病気へのリスクを減らす。また母の出産後の出血を防ぎ、乳がん、卵巣がんのリスクを下げる。

(→ここが注目されている部分なのでしょう)

 


・生後6か月を過ぎたら、母乳の他に栄養を考えた食事を与えることを推奨。お腹がいっぱいになるためだけでなく、成長の需要に合わせた清潔なものを!

(→意外と守られていない部分。6か月過ぎても離乳食を始めないのは心配。)


Breastfeeding

・混合栄養の危険:下痢や感染症のリスクを上げる。母乳の分泌が減る。HIVの母子感染が増える。

・人工栄養は母乳の代替にならない:栄養以外の、抗体や酵素などを含まない。母乳のように吸収がよくない。

・働く女性が母乳栄養を続けられる法律的実際的なサポートが必要。

(→結局、支援が大切だと思うのです。
母親にだけガンバレと言っても有利な人が有利になっていくだけでは、と。)


2)WHOのページ

6か月は完全母乳で。このためには、生後1時間以内に母乳を。6か月間は他に何も与えない。赤ちゃんがほしがったときにあげる。哺乳瓶やおしゃぶりを使わない。

(→言うは易く行うは難し。これは実際けっこう厳しいことです。男性小児科医に当たり前みたいに言われると、心の狭い私などは腹が立ちます。3か月は夜も続けて寝られない日々が続き、気力体力を消耗するのです。気難しいタイプの赤ちゃんであれば、ママは本当に泣けます。サポートないと、苦しい例が多くて当然だと思います。)


・完全母乳は感覚・認知の発達をうながし、感染症から守ってくれる。この効果は裕福な社会でもみられる。

(→この根拠となっている論文を下に。)


3)Kramer M et al. JAMA 2001; 285(4): 413-420

ベラルーシでの統計。生後1年内の胃腸炎だけでなく、アトピー発疹のリスクも母乳で減ったと考えられそう。統計学的に有意でないにしろ、突然死のリスク減傾向も。
母乳は自然に即していて、病気の予防によいだろうという統計はいくつもあります。でも知能に関して決定的なことを言うのは難しそうです。他の要素がたくさんありますしね。


4)Breastfeeding in the 21st century: epidemiology, mechanisms, and lifelong effect.
Lancet Breastfeeding Series Group.Lancet 2016; 387(10017): 475-490


5)Breastfeeding and IQ Growth from Toddlerhood through Adolescence.
von Stumm S, Plomin R. PLoS One 2015; 10(9): e0138676


6)Breastfeeding and intelligence: a systematic review and meta-analysis.
Horta BL et al. Acta Paediatr 2015 104(467):14-19

コメント

この記事へのコメントはありません。

この記事の関連ワード

新着の記事

Sidekibit b fefa1c4699a4986147a527399409cd3c5417e373a7c81d98947fd955971daf54

人工知能KIBITが、あなたに合った記事をおすすめします。 初めてKIBITに教えた時は翌朝までお待ちください。