医師に必須の「情報にものさしを当てる能力」とは?

小倉加奈子 | 現役病理医おぐママの病理診断な日々(全17回) 第17回

 

前回に続き、頼りになる医師の能力について考えてみたいと思います。見立ての力となる観察力や類推力に続いて、今日ご紹介したいのは、情報に「ものさし」を当てる能力です。

 

見立てたら、測る!


前回は、医師の「見立て」の能力についてお話しました。自分の頭の中にある疾患に関する知識と、目の前の患者さんの症状を照らし合わせ、どんな病気であるのか類推していく力は、ふだん身の回りにある情報を観察し、見比べることによって培われるというお話でした。ごっこ遊びが診断のベースになっているということも。

 

では、ここで診断がついたとしましょう。医師が次にしなければならないことは、病気の程度を「測る」ということです。「測る」ためには、「ものさし」が必要になってきます。では、医師が持っている「ものさし」とは何でしょうか。

 

医師の持つ「ものさし」

 

 
医師は、医学生の時からずっと全身のあらゆる疾患について学んでいきます。どんな疾患においても重症度であるとか、進行度であるとか、様々な基準が設けられています。たとえば、がんには進行期分類というものがあります。がんの進行度に応じた分類で、患者さんのこれからを予測し、治療方針を決定する基準として用いられます。

 

がんに限らず、様々な疾患には診断基準が設けられ、いくつかの診断項目のうち何個以上を満たした時にこの病気である、というように用いられます。医師は、こうした知識を使い診療にあたっています。

 

ただ、患者さんの症状は十人十色。また、いくつかの疾患を同時に抱えていることもありますし、痛みをはじめとした症状の程度も様々です。診断基準を用いる、と一口に言っても、「言うは易し、行うは難し」です。

 

情報の「ものさし」を培う方法


さて、ここで必要になってくるのが個々の医師が持つ「ものさし」です。これは、「経験のものさし」です。経験を積んで、目盛りの精度をどんどん高めることができます。

 

ただし、患者さんの症状や検査結果を丁寧に観察していかなければ、精密な目盛りに作り変えていくことはできません。微妙な症状をどのようにとらえるかで、診断は大きく変わります。

 

これも見立ての能力と関わっていることですが、患者さんの症状をしっかり観察し、自分の知識と照らし合わせ、診察から得た情報を整理しながら、より精密に分類していく必要があります。


さて、見立てと同じく、医師の能力の基本となるものは、ふだんの生活でも活用できる能力です。精密な目盛りがふられた「ものさし」を養う力は、医学の知識がなくても鍛えることが可能です。

 

ここで、前回のりんごの問題に続き、今回はバナナで考えてみましょう。

 

「ものさし」を鍛えるクイズ!


ここに、バナナがずらっと並んでいます。一番左は、まだだいぶ若そうなバナナですね。緑色をしています。海外からの輸入ものは、まだ熟していない硬くて緑色の状態で出荷される、と聞いたことがあります。右に行くにつれて、どんどん熟していきます。一番右は、ちょっと食べるのに躊躇しそうなバナナです。

 

さて、好みの問題もあるかと思いますが、「熟す」と「腐る」の境界、バナナの診断基準を考えてみましょう。たとえば、右側ふたつのバナナは腐っている、と定義したとすると、右から2番目と3番目のバナナの間が「熟す」と「腐る」の境界になります。ここで、どんな人でも腐ったバナナを診断できる基準(皮をむく前に診断できる基準)を考えてみましょう。読み進める前にちょっと考えてみてください。

 

そうですね。私なら、

1.へたの部分が黒色になって乾燥する。

2.黒い部分の面積が黄色い部分の面積の半分以上を占める。

3.黒い斑点が互いに癒合し、3cm以上に達する部分が1か所以上生じる。

4.指に少し力を加えて皮を押すと、容易に指の跡がつく。


以上の4つの項目のうち3つ以上を満たすバナナを腐っていると判定する、というような基準を作ると思います。そして、手に取ったバナナを色々な角度から観察すれば、腐ったバナナをしっかり診断できるのでは、と思います。

 

世の中の情報に「ものさし」を当てる 

 

 

昔の医療現場は、カルテは紙で、CT検査等の画像検査はすべてフィルムでした。私が医学部生の時や医師になりたての頃も、まだ、紙カルテとフィルムの時代でした。それがここ10年くらいの間に一気にIT化が進み、医療現場でもありとあらゆるものがデジタル化されました。電子カルテの中には様々な情報がひしめき、情報の収集と分類の力がどんどん必要になっています。患者さんの情報を見落とすことがあれば、患者さんの命に関わることもあります。

 

バナナはほんの一例です。インターネットに情報があふれる時代、世の中のあらゆる情報に対応できる、しなやかな「ものさし」を持つことは医師でなくともとても大切だと思います。自分に必要で、かつ正しい情報が何であるのか、抽出していく力が必要なのではないでしょうか。

 

情報の扱い方はインターネットで学べる 

 

 

ところで、「イシス編集学校」という非常にユニークなネットの学校をご存知ですか。まさに、今までお話しした「見立て」の力や「ものさし」を当てる力等、情報の編集方法を学べる学校です。

 

この学校では、編集を「情報を扱うこと全般」として広く捉えています。つまり、雑誌や映像編集等を担当するエディターと言われるような方だけが扱うものではなく、誰もが普通に生活している限り、「編集をしている」と考えます。

 

校長は、スポーツ選手や研究者をはじめ一流企業の社長や政治家まで、様々な分野の超一流の方々から一目も二目も置かれている伝説の編集者、松岡正剛さんです。

 

情報が洪水のように押し寄せる時代。松岡さんは、『知の編集術』(講談社現代新書)のなかで、「20世紀は『主題』の時代だった。21世紀は『方法』の時代になるだろう」と記しています。

 

 

私たちは、生活すべてにおいて情報の編集をしています。五感を駆使して様々な情報をインプットし、それを頭の中で整理して、言葉や行動としてアウトプットしています。

 

今、みなさんは私の書いた記事をここまで読み進めてくださっています。それは視覚を使った情報のインプットです。
また、私の記事を読んで感じたことを受けて、「いいね!」にポチッとしてくださったり、あるいは誰かに面白かったよと伝えてくださったり。それらは情報のアウトプットです。

 

自覚・無自覚は別として、私たちは常に情報を何らかの方法で扱っているのです。

 

自分の思考プロセスを整理してみる 

 

 

日々の情報のやり取りの中で、自分の頭の中でどんなことが行われているのか。これをもっと意識できたら、生活の「方法」は変わってくることでしょう。

 

仕事や家事等の日常生活から、難民問題、経済協力、格差社会、少子化対策等の社会問題まで。どのような主題が大事かはわかって列挙できるのに、解決にいたらず、悩むことも多いですよね。問題解決の糸口は主題にあるのではなく、主題を結びつける「あいだ」にあって、その「あいだ」を見出す「方法」こそを考える時代だと思います。

 

 

私はイシス編集学校で7年ほど「情報の扱い方」=「編集」について学び、
医師の「見立て」や「ものさし」等も編集のひとつの方法であるということを知りました。今まで何気なくこなしていた仕事のプロセスをここまで意識できるようになるとは思ってもみませんでした。


編集を学んでから、医師としても母親としてもだいぶ意識が変わりました。今まではオンとオフとは別物で、分けて考えなくちゃと頑なに思ってきましたが、物事を解決するプロセスは医療だろうと子育てだろうと変わらない、と思いました。

 

みなさんも日々の生活において何か突破口を見つけたいとき、ご自身の思考のプロセスを整理するのはいかがでしょう?もしかして断捨離よりも効果があるかもしれません。思考の方法、情報の編集方法をぜひ磨いてみてください。

 

今回で、KENKO JIMANでの連載は最終回となります。名残惜しいですが、またどこかでお会いできる日を楽しみにしております。ありがとうございました。

 

病理図鑑No.17 ♦卵巣がん♦

 
▲子宮内膜症という病気がありますが、これが卵巣がんの原因となることがあります。これは、そのひとつ卵巣にできた「明細胞癌(めいさいぼうがん)」です。抗がん剤が効きにくいたちの悪いがんです。
小5の娘の感想「小さなお花がいっぱい飛んでいるみたいだね!」メルヘンな回答。

 

編集:プサラ研究所

 

著者プロフィール

  • 小倉加奈子(おぐら かなこ)
  • 順天堂大学練馬病院の病理診断科、准教授。 一期一症例の気持ちで病理診断しています。プライベートは一男一女の母、モットーはポジティブな公私混同。職場でも家庭でも「教えること」って深いな~と思う毎日。子どもたちも後輩もとにかくかわいい♪ ここ数年は、病理医の仕事を広く知ってもらうため、NPO法人PathCare広報のプロジェクトリーダーとして高校に出向いての病理診断体験セミナー等を開催しています。また、知の巨人、松岡正剛さんが校長を務める「イシス編集学校」の師範(コーチ)としても活躍中です。
    NPO法人「病理診断の総合力を向上させる会」PathCare
    イシス編集学校

連載情報

  • 現役病理医おぐママの病理診断な日々(全17回)
  • 小倉加奈子
  • みなさん、はじめまして。病理医のおぐママこと小倉加奈子と申します。テレビドラマなどで目にするがんの告知には、病理医による病理検査が欠かせません。これから定期的に、病理医から見た病気の話、医療現場のあれこれなどをお届けできたらと思っています。

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